甥の死の記憶(1)


以前、幼稚園の先生が交通事故で亡くなった話(前 (後)を書いた。この国ではお金を持ってこない限り、重症の救急患者といえども手術を受けられないという内容だった。

その話をつい最近ジャカルタにやってこられた方に話したら「それは大げさな。人道的にそんなことが許されるはずないじゃないですか」と、こちらにすれば当たり前の話をしただけなのだが、どうも納得されないようなので、ハルの身近に起こった事故の話を彼に語った。その方にとってはそれでも納得いかないような顔をしていたが、彼が納得しようがしまいが、こちらも事実なのである。その話とは―

女房の甥が交通事故で死んだのは、まだ数年前のことだ。そのときの記憶はまざまざしく、甥が運ばれた病院、手術で移送された病院、家族の涙、葬式・埋葬の様子など今でもはっきり覚えている。

仕事中のハルに女房より電話があり。「甥の○○がオートバイ事故で重態だ。すぐに来てほしい」

甥はまだ中学二年生であった。どんな事故を起こしたか―。近隣の知り合いからオートバイを借りて(有料)、友人と遊んでいたところ(まあやんちゃ坊主が二人いたと思ってください)スピードの出しすぎでコンクリートの壁に激突、その勢いで二人とも道路に放り出された―というもの。

(次号に続く)


※過去人気のあった(?)シリーズを加筆修正してお届けしています。

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