甥の死の記憶(3)


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甥の様子を見てみる。手足をピクピクさせ、目は半開き、素人目から見ても「これはおそらく駄目だろうな」と思えるような容態であった。

私が一筆サインした後、すぐに手術は行われた。数時間ほどの手術であったろう。術後生命維持装置を付けられ、何とか生きながらえているものの、果たして回復する可能性はあるのだろうか、あるいはどれぐらい生き延びられるのだろうか、その辺は誰にもわからず、ただ医者にははっきりわかっているようで、とりあえずしばらく様子を見てみましょうということになった。

家族および親戚一同がほぼ全員が揃い、甥の様子を見守っていた。私だけは別の仕事が残っている。手術代の用立てである。貯金もないことはなかったが、生憎その日は土曜日であり、銀行でおろすことはできない。ATMでは限度額があり、結局知り合いの板さんに事情を説明、翌週返すという約束で、なんとか手術代を調達したのである。

翌日の話。ふたたび病院を訪れる。甥の父親(女房の兄)と(甥の)兄が抱き合って泣いていた。彼は私にひとこと「ドクターは『ティダ アダ ハラパン(希望はない)』と言うんだ」

このとき、初めてハラパン(希望)という単語を知った。医者の意味するところは「生命維持装置を付けても回復する可能性はないので(生命維持装置を)外しますか」である。希望のないところへお金を費やすのですかということだ。父親は外してくれと頼んだ。自身がお金のないこともあるし、私に迷惑をかけたくない思いから、決断は早かった。

(次号に続く)


※過去人気のあった(?)シリーズを加筆修正してお届けしています。

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