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「エンガン」
西 祥郎

第11回

シディンは親方に見つからないように厩に駆け戻ると、すぐに馬の手入れを始めました。
「いったいどこに行ってたんだ、この野郎。もう三十分もおまえを探し回ってたんだぞ。」親方が厩に入ってくるなりシディンに噛み付きます。「ぼくはずっとこうやって働いていましたよ。」シディンは口を尖らせ、さも無実の罪を着せられて心外だという風を装ってそっぽを向きます。親方はぶつぶつ言いながら、厩のはしまで歩いて行きました。
夕陽がシンガラン山を朱色に染めるころ、水浴から戻って夕食前の一休みをする仲間たちから離れて、シディンはふたたび館の奥庭に忍び込みました。ロンカンを閉じ込めている洞のある巨木に、誰にも見つからないようにして近付いたのです。
「まだいますか?」
「シディンなの?」
「はい、そうです、お后様。扉が開けられるかどうか、やってみます。」
「ちょっと待って。そろそろ夕食が届けられる時間だから、あなたはそれまで隠れていなさい。」

シディンはするすると木の上に登ります。しばらくするとまたおしの老女がご馳走を盆に載せてやってきます。夕闇の中で周囲を見回し、誰も見ていないのを確かめてから食事を木の洞に差し入れ、それが終わるとまたひっそりとそこから立ち去りました。
木から下りてきたシディンは、短剣を手に持つと、木に向かいます。
「お后様、扉を開けますよ。」
「シディン?食事の差し入れ口の近くに割れ目があるでしょう。その割れ目を広げなさい。でもあまり音を立てないようにね。」

ほんの小さな、そして浅い割れ目を、シディンは短剣でこじりはじめます。最初はまるで効果が見られなかったのに、時間をかけてこじり続けるうちに割れ目が広く深くなっていき、ついに中の洞にまで達しました。ロンカンの明るい声とともに、中の明かりが洩れ出してきました。
「さあ、扉を開けましょう。中から押すから、あなたは外から引っ張るのよ。」

扉にねじりが加えられ、シディンが短剣でそれを広げます。数時間たったあと、とうとうロンカンの身体が通れるだけの隙間が作られました。ロンカンは洞の中の明かりを急いで消すと、そこから這い出して来ました。幸いなことに、月はまだ出ていません。
「さあ、隙間をまた埋めておきましょう。それからふたりで厩の方へ行きますから。」
シディンはそう言って手早く仕事を終わらせると、ふたりは厩に向かいました。厩の近くでシディンはロンカンに言います。
「しばらくここに隠れていてください。馬を二頭連れてきますから。ぼくもお供しますので。」
「もしわたしが逃げ出すのをおまえが手助けしたことがわかったら、どんなにひどい目にあうことか・・・」
「お后様、それはよくわかっています。だからぼくはあなたと一緒に行くのです。それに道案内する者がいないと、あなたは道に迷ってしまいますよ。」[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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