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「エンガン」
西 祥郎

第12回

厩から二頭の馬を盗み出してきたシディンは、ロンカンと供に馬上の人となり、足音をしのばせて館の裏の馬場に出たあと、藪を飛び越えて館の敷地の外に出ました。東に連なる山々の峰から月が昇り始めています。

「ミナンカバウへ夜のうちに着くのは無理です。そうなると、昼間はどこかに隠れていなければ・・・」
「いいえ、メラピ山へ行くわ。この季節にはお母様が山の別荘に来ているはずなの。」
「じゃあ、メラピ山へ。」

ふたりは乗っている馬に一鞭当てると、早駆けで走り始めました。深夜の月明かりの下を疾駆する二頭の馬を、通り過ぎる集落の夜番が不思議そうに見送ります。前を走るシディンはメラピへの最短の道を取りました。夜明け前には領内を出ていなければならないのですから。馬を駆るには決して楽でないその道を進むシディンは、ロンカンがついてきているかどうかを心配し、頻繁に後ろを振り返りますが、ロンカンはぴったりとシディンの後ろについて巧みに馬を駆ります。並みの男でも音を上げそうなシディンの早駆けに涼しい顔でぴったりとついてくる若いお后に、シディンは目を丸くしました。エンガンとふたりで狩に出れば、きっとこのご夫婦は甲乙つけがたい好敵手になっただろうに。シディンのロンカンに対する畏敬の念がいや増しに高まります。

夜が明けるころ、ふたりはロンカンの母后の別荘近くまでたどり着きました。警護に当たっていた衛兵が、不審な二騎が近付くのを押しとどめました。シディンに槍と剣を向けた衛兵たちも、後ろの一騎がロンカン王女であることを知って驚愕し、まだ眠りの中にある別荘に注進するために走ります。ほかの兵士たちに守られて別荘に着いたふたりは、待ち受けていた母后や従者たちに迎えられました。やつれはてたロンカンの姿を目の当たりにし、ロンカンの涙ながらの話を耳にして、母后の憤りは天を衝きました。すぐに父王に知らせてエンガンを攻め滅ぼそうといきりたちますが、ロンカンはそんな母親の怒りを一生懸命なだめようとするのです。戦争になるかどうかは別にして、ともかくも事情をパガルユンに知らせなければということで、急使が別荘を発しました。ロンカンとシディンは一晩中走り続けた疲れでそのまま眠り込み、夕方までこんこんと眠り続けました。母后はエンガンがその別荘を襲うかもしれないと考え、衛兵隊長に命じて厳重な警戒態勢を取らせます。別荘の周辺で慌しい人の動きが起こり、緊張が一円の空気を支配しました。だが、警備隊の人数は限られています。エンガンが軍を率いてやってくれば、そんな少人数ではひとたまりもありません。エンガンが軍勢を整えて攻めてくる前に、パガルユンから援軍がやってくるのを祈るばかりなのです。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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