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「エンガン」
西 祥郎

最終回

空が徐々に白みはじめ、今まで天地を覆っていた闇が少しずつ増していく明るさに追われ、鳥が随所で羽ばたきをはじめ、鶏の声があちこちで聞こえました。新しい一日が始まろうとしています。別荘の中でも、ひとびとが新しい一日の営みを始めます。そしてそのとき、耳をつんざく轟音と共に、巨大な建物が崩れ落ちたのです。恐怖の悲鳴と悲痛な嘆息があたりを震わせ、そして徐々に静まっていきました。崩れ落ちた巨大な建造物は、割れた板や折れた太い柱が乱雑に積み重なった山なす廃墟と化し、その下で押し潰された人間の生命はもはや風前の灯火でした。

自分の仕事の成果を目の当たりにしたエンガンは、得意絶頂の笑い声をあげて隠れ場所から飛び出し、破壊された廃墟に駆け寄ると、まるで悪魔が乗り移ったかのように、短剣を頭の上に捧げて激しく叫びながら踊り狂います。別荘に近い場所で警備に就いていた衛兵が数人、崩れた別荘に駆け寄ってきました。かれらの目の前では、正体のよくわからないひとりの男が朝陽を一身に浴びて踊り狂っています。もしもその光景がなかったなら、衛兵たちはすぐに救出作業にかかったことでしょう。ところが、この世のものとも思えない光景を前にして、衛兵たちは茫然とただそれを見守るだけでした。そしてかれらは、自分の目の前で起こった奇蹟の生き証人となったのです。

破壊されて粉々になった建物の近くで、短剣を頭の上に捧げて踊り狂っている男の姿が、少しずつ変形していきます。腕は大きなくちばしに変わり、短剣がくちばしの上に突き出た角になりました。頭の下は大きな鳥の身体になり、すべてが羽毛で覆われ、その背には翼が生えています。そして男はついに、巨大な鳥の姿に変身しました。巨鳥は翼を広げると、バサッバサッと力強く羽ばたいて空中に飛び上がり、「エンガン、エンガン」と鳴きながら崩れ落ちた別荘の周囲を旋回しました。

するとどうでしょう、崩れ落ちた建物の廃墟の一ヶ所で、梁と板がからまった辺りが動いたのです。その下から、大きな鳥のくちばしが姿をあらわしました。そのくちばしが周りの板をはねのけると、もう一羽の巨鳥がそこに出現したのです。そしてこの鳥も「エンガン、エンガン」と鳴いたあと、大きな翼を羽ばたかせて空中に飛び立ち、上空を旋回しながら待っていた巨鳥のあとを追いました。衛兵たちの目は、その不思議な出来事にじっと注がれたままでした。

それ以来、二羽の鳥はいつも一緒にスマトラの森をさまよっているのです。繁殖期になると、雌は木の洞で卵を抱き、雄は小さい割れ目を残して洞をふさぎ、餌をその割れ目から雌に差し入れます。卵が孵化すると、雌は壁を強いくちばしで破って逃げ出します。そしてこの巨鳥の夫婦はいつも寄り添って密林の上を彷徨しながら、単調な叫び声を下界に響かせるのです。「エンガン、エンガン!」と。 [ 完 ]

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この作品は西さんの提供です


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