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「エンガン」
西 祥郎

「エンガン第二回」

スマトラの人々は、大犀鳥をその鳴き声にならってエンガンと呼ぶ。雄はエンガンガディン、雌はエンガンパパンと呼ばれる。エンガンの夫婦は、夜は山中で離れ離れになって眠り、夜明け前に起き出すとまず互いに呼び交わして相手を探し、夫婦が寄り添うと二羽ははじめて朝食を求めて、連れ立って出かけるのだ、と言われている。

はるか目の下に、さざなみが陽光をきらきらと反射している湖が見える。ごつごつした岩山にはスリヤンの巨木が何本も天を衝き、山の麓には一面の水田がたわわに実った稲で黄金に染められ、村人たちが総出で収穫に精出している。男も女も、大人も子供も、生活の営みを謳歌し、生きていることを最上の喜びにしているのだ。何百年も、いや数千年にもわたって、ひとびとが世代を繰り返しながら連綿と受け継いできた生の営みがそこにある。


今はもう数百年昔のこと、シンガラン山の西麓一円を支配する領主に、溌剌としてほがらかで、眉目秀麗の王子がありました。王子は狩をたいそう好み、よく馬に乗って山麓に向かいます。同年代の供を従えたエンガン王子の楽しそうな笑い声が何度も何度も山野にこだますると、領民たちは言うのです。

「ほら、聞いてごらん。陽気な王子様が今日も狩にお出ましだ。」

王子は狩の名人でした。巧みに馬を駆って狙った獲物に弓矢を射る腕は、人並み以上のものがありました。王子の射た矢が狙いたがわず獲物に当たると、喜びあふれる王子の笑い声が山野にはじけます。しかし日によっては、調子の冴えないときもあるものです。自分は失敗するのに、供の者が続けざまに獲物に命中させると、王子の表情はくもりはじめ、悲しそうにふさぎ込んでそれ以上狩を続けようとせず、熱情に突き動かされて館に駆け戻るのでした。自分が他人より劣っているということを認めるのは、王子に耐えられないことのひとつでした。他人が自分を負かしたという事実に我慢がならないのです。館に戻った王子はひとりぼっちで部屋の中にふさぎこみ、館の使用人たちはそれを気遣ってひっそりと振る舞うために、明るい笑い声は領内から消え失せてしまいます。領民たちもそんな空気をひしひしと感じ取り、領内を不吉な空気が覆うのをどうしようもなくただ見守るばかり。そんなとき、王子は夜のとばりが降りるまで、自分の部屋から一歩も姿を現しません。

狩とおなじくらい、王子は闘鶏を好みました。領主の父王が、領内で一番強く、一番見栄えの良い鶏を王子に与えたのです。領内のどこかで闘鶏が催されると、王子は自慢の鶏を連れて行ってそれに参加しました。王子の鶏が勝つと、王子はとても高揚した気分になり、負けた鶏の持ち主に代償としてさまざまな贈り物を振る舞ったので、領民たちも王子の鶏に負けることを嫌がりません。実際、王子の愛鶏はよく勝ちました。ところがあるとき、その鶏が負けてしまったのです。苦いしかめ面が王子の表情を覆いました。王子は供の者に言いつけます。「いそいで館に戻り、別の鶏を持って来い。全部持って来るんだぞ。」命じられた供の者はあたふたと館に戻り、その間に王子は勝った鶏の持ち主にもう一度闘わせてくれ、と頼むのです。領主の一族の頼みを拒める領民はいません。こうして王子は、自分の鶏が勝つまで闘わせ続け、相手が負けるとやっと陽気な王子に戻って相手に贈り物を与えるのでした。王子の鶏に勝った鶏を持つ領民は、だからひとりもいないのです。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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