ジェイピープルメインページへ インターネットコンサルティング

「エンガン」
西 祥郎

第七回
ロンカンの聡明な顔から明るい表情が消え去って沈鬱な色に塗り替えられ、食事も進まなくなり、やつれていくありさまを目の当たりにして、エンガンは心配と不安に襲われました。愛する妻がそのようにやつれていくのは、何か悩み事があるにちがいない。しかし自分が后の身の回りに施したいくつかのことがらがその原因だとは夢想だにしませんでした。「おまえは何を悩んでいるのかね?どうかわたしに何が欲しいのか言っておくれ。何でも叶えてあげようではないか。さあ、正直に打ち明けてごらん。」

するとロンカンは目に涙をたたえてエンガンに訴えました。

「ああ、旦那様。夫に批判めいたことを口にするのは、妻のしてはならないことなのです。でもわたしを愛してくださるあなただから、正直にお話しします。あなたはとてもつらいことをわたしになさいました。わたしに付き従うミナンの者たちをみんな国に送り返してしまわれた。幼いころから喜びや悲しみをわたしと分かち合ってきた連れをわたしは失ってしまったのです。わたしの心を安らげてくれる者がここにはもういないのです。」
「しかし、おまえを誰よりも愛しているわたしがいるではないか。おまえはこの領地の第一人者であるわたしの伴侶としてこの地を支配している。豪奢で華麗な衣裳、美味を極めた食事、アラビア・ジャワ・バリから取り寄せた調度品。すべておまえの心のまま。ほかに何か欲しいものがあれば、わたしに言うだけでよい。それを必ずおまえのものにして見せよう。過去のことは水に流し、今のこと、そして未来のことを考え、この一生を心行くまで愉しむことだ。そのためにも、わたしたちはもっともっと深く愛し合おう。おまえの暗い顔を目にすると、おまえがわたしを愛さなくなる日がくるような気がしてならない。」
「旦那様、わたしはあなたを心から愛しています。そしてとても高価な物をわたしのために次々と取り寄せてくださるお気持ちも、たいへんありがたく思っています。それでもわたしの孤独は癒されません。わたしの心を慰めてくれる親しい人はもうあなたしかおらず、あなたと一緒にいる時間だけしかわたしに安らぎを感じる機会はないのです。」
「この館にも侍女はたくさんいるのだが、あの者たちでは不満か?おまえの気に入らない者は暇を取らせよう。」
「いいえ、みんなわたしによく仕えてくれます。ただわたしの心が愉しまないだけなのです。ミナンの者ならわたしの心を愉しませてくれるでしょうに。」

ロンカンの目から涙がこぼれ、エンガンは自分がそれほどまでにひどいことをしたのかと慙愧の念に打たれます。愛しい妻をもっと幸せにしてやるために、ロンカンにもっと自由を与えてやらなければ。

しかしエンガンのそんな感情は長続きしません。領主としての日々の暮らしに戻れば、愛する后が館から好き勝手に外へ出歩くような自由を与えることができるはずもありません。こうして時が流れ、あるとき館を数日間離れて旅をしなければならなくなったとき、エンガンは強い不安に襲われました。ホームシックのロンカンが館を逃げ出すのをだれか他の者が助けるかもしれない。そのため、エンガンはロンカンを部屋に閉じ込め、誰も后と話をしてはならない、とすべての召使に禁令を出し、ロンカンの世話係としておしの老女ひとりをつけました。

ロンカンの忍耐もこれまででした。鍵のかかった窓や扉をこじ開けようとしましたが、女ひとりの力でそれは無理です。おしの老女も、ロンカンの食事などの世話をするために部屋にやってきて、終わればまた出て行きますが、いつもしっかりと鍵をかけるのです。しかしおしの老女の世話は何の役にも立ちませんでした。部屋の中では、暗い顔をしたロンカンがうつろな目で中空をぼんやり見ているだけであり、食事には手を触れようともしないのです。[ 続く ]

エンガンを初めから読む

この作品は西さんの提供です


※このサイトに掲載されている内容(データ)は ジェイビープルが所有するものであり、無断転載、転用及び無断複製は一切禁止します。
※リンクはフリーです。Copyright(c)2004-2005 JPEOPLE