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「エンガン」
西 祥郎

第九回

何ヶ月かしてから、エンガンはふたたび旅に出なければならなくなりました。夜の闇にまぎれ、だれの目もないことを見定めた上で、エンガンはロンカンを木の洞に導き入れました。自分がまだとても愛していることをロンカンにわかってもらったと思ったエンガンは、ロンカンを中に残して外から施錠し、朝陽が上る前に出立しました。木の洞の部屋を作った職人たちは全員供に加えたので、館の中で木の洞の秘密を知っているのはロンカンの世話係であるおしの老女ただひとりだけ。
夫がいなくなると、ロンカンは脱出を企てました。しかし扉は一寸たりとも動きません。中からどんどん扉や壁を叩いても、「助けて、助けて!」と悲鳴をあげても、館の中にいるだれの耳にもそれは伝わりません。ロンカンは数日そんな努力を続けましたが、実を結ぶことはありませんでした。食事の時間になると、おしの老女が隠された差し入れ口から食事を中に入れるためにそこへやってきます。それがその木に近付く唯一の人間でした。エンガンが出発して四日目、廷臣たちの多くが不在になった館の厩では、普段ほど仕事がないために、馬係の少年がひとり仕事場から抜け出してその木までやってきました。その木に登って昼寝をしようというのです。たとえ親方が見回りに来たところで、木の上にいればまず見つからないだろう。少年は馬係の親方が嫌いでした。ただ威張り散らすばかりの親方は、ぺこぺこする部下ばかりを可愛がり、意見を口にする者を嫌っていじめるのです。利発なこの少年は、自分が正しいと信じることを口に出す勇気を持っていました。
少年が木の上の居心地の良い場所に身体を横たえてうつらうつらし始めたころ、下からガサガサという衣擦れの音が聞こえてきたので、親方に見つかったかと思って身体を硬くしました。そおっと下を見ると、老女がごちそうを盆に載せて運んできます。そして周囲を見回して誰もいないことを確認すると、木の傍までやってきて盆ごと木の隙間に差し入れ、また回りを見渡してから元来た方へ引き返して行きました。老女がいなくなったことを確かめてから、少年は木から下りてさっき老女がいた場所に近寄りました。ところがどうでしょう。さっき老女がこの木の隙間にごちそうが載った盆を丸ごと差し入れたと思ったのに、そんな木の隙間などどこにも見当たらないのです。この木の中にはきっと化生の者が住んでいて、さっきの老女はお供え物を持ってきたにちがいない。それが証拠に、お供え物は木の幹を通り抜けて中まで入ってしまったじゃないか。少年はそう考えました。
ちょうどその時です、一匹の大きなスズメバチが少年の目の横をかすめたのは。少年は驚いて、どしんと木に倒れこみました。そして「ああ、危なかったなあ。あいつに刺されたら命がないや。」と独り言をつぶやいたのです。ところがその直後、もっと驚くことが起こりました。自分がもたれている木の内側から、トントントントンと衝撃が伝わってくるではありませんか。そしてどこからとも知れず、女の声も聞こえてきました。少年は真っ青になり、震え上がりました。「ああっ、お化けに捕まって木の中にひきずりこまれてしまう。・・・・[ 続く ]


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この作品は西さんの提供です


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