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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第一回」

ダトゥ・アリバティン・ジェンゴッはそのころまだ幼い子供だった。少年のかれはいまだかつて想像したこともないようなその光景を目の当たりにして恐怖に全身をこわばらせていた。身体はまるで金縛りにあったように動かず、頭も心も痺れてただ呆然としているだけ。海水が天を衝くまでに盛り上がって、海岸からこれほど離れた陸地の奥深くまで押し寄せてきたのだ。こんなことがありうるのだろうか?少年は自分の目に映っている現実を信じることができなかった。
 
数日来鳴動と爆発を続けながら活発に火と煙を噴き上げていたクラカタウは、沈静化するどころかその火山活動を一層激しくさせていた。1883年8月25日土曜日、ランプン州南海岸部カリアンダ地区の空は厚い黒雲に覆われて日中というのに暗い。そして突然大量の灰が空から降ってきた。気温の上昇が明らかに感じられる。暑い。採った魚を普段海で洗っている漁民は、海水が濁っているため魚が洗えない、と愚痴をこぼした。

「クラカタウの噴火が近いぞ」

ムラッブラントゥン村では村役が衆議一決して避難命令を出し、村民はダマルニッ丘とグヌントゥラン丘に移動した。ダトゥ・アリバティン・ジェンゴッ少年は家族に連れられてカリアンダ海岸の北にあるグヌントゥラン丘に避難した。村民が全員避難を済ませてから一夜明けた8月27日月曜日、海のはるか沖合いから轟々たる響きが近付いて来た。丘の上にいる村民たちは暗い中を、その方角に顔を向けて一斉に凝視した。闇の中を赤い閃光が三度ひらめいた。風は強くない。そして轟々たる大音響が頂点に達し、奔流する海水が怒涛となってひとびとの足元に押し寄せてきたのだ。

グヌントゥラン丘はただの低い高台にすぎない。標高はせいぜい70メートルだが、海岸からは4キロも離れている。丘の麓は海水に没した。丘全体が水没すれば、避難民はひとたまりもない。だが水は力尽きたのか、丘から引き始めた。海底にあった珊瑚や大岩が丘の麓に残され、一緒に運ばれてきた大小の魚も地面をのたうっている。避難民たちは歓声をあげた。普段めったに網にかかったこともない大型の魚も地上に転がっているのだ。何人かが丘を走り下りて魚を手づかみで集め始めた。それを見たほかの村人も手づかみの大漁に加わる。ところが何という皮肉だろうか。そこへ次の津波が押し寄せてきたのだ。丘から降りたほとんどの村人が見る見るうちに奔流にさらわれて行く。轟々と唸りを上げてほとばしる水流の響きと阿鼻叫喚がグヌントゥラン丘一帯に満ち溢れた。[ 続く ]


この作品は西さんの提供です


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