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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第10回」

サティマは子供たちの横に座り、クルナインは御者の隣に座っている。御者はとても用心深く馬車をゆっくりと進ませる。周りが暗いために道路の様子がよく見えないのだ。およそ半時間進んで、一行はワリギン郡役所からおよそ3キロ離れたチダグル村に達した。街道はここでふたつに分かれる。そこから南東に向かえばメネスを経てランカスビトゥン。郡長が命じたのはその方角だ。もうひとつ道は北東に向かって伸び、カラン山麓のマンダラワギに至る。一行がチダグル村を通過しつつあるとき、この世のものとも思えない大音響が連続して轟いた。それはこれまでクラカタウが発した音の中で何倍もの強さを持った音だった。馬は驚いて棒立ちになり、方角も定めずまっしぐらに走り出した。そのときスリヤティを膝に乗せて座っていたサティマが馬車からふたり一緒に放り出された。ハサンも放り出されそうになったが、馬車の柱にしがみついてそれを免れた。大音響に驚いて家から道路に出てきた近在の村人でいっぱいの街道を馬車は7百メートルほど走り、沿道の立ち木にぶつかって粉々になった。御者は重傷を負い、ハサンも石に頭を打って出血し、意識を失った。クルナインだけが軽い擦り傷ですんだ。そしてスリヤティとサティマがいなくなっていることをクルナインはそのときはじめて知った。ふたりを探さなければ。だがハサンの手当ても必要だ。空はますます暗くなり、自分の手のひらもよく見えない。クルナインは決心した。ハサンを背負って街道を東に向かおう。乗り物が通りかかればそれに乗せてもらうことにしよう。そうしてチュニンかメネスに着いたら村長か郡長にハサンを預けてスリヤティとサティマを探しに戻るのだ。
     
結局なにひとつ乗り物に出会わないまま、クルナインはひたすら歩いてチュニンに至り、ハサンを村長に預けると少し休息してからすぐにチダグルへの道を引き返した。そうして1.5キロほど進んだとき、はるか前方から水音混じりの轟々たる響きがこちらに向かってくるのを耳にした。続いて暗い視界の中で前方に広がっている村、水田、畑、立ち木などすべてを呑み尽くしながら迫ってくる水が目に映ったとき、クルナインはその光景に背を向けて全力で走った。そしてチュニンの村長の家からハサンを運び出すとメネスに向けて走った。メネス郡長の家に着くまで、クルナインは一度も足を止めようとしなかった。1883年8月27日月曜日、クルナインの恐怖の一日はこうして終わった。

ハサンとクルナインを迎えたランカスビトゥン県令は、ふたりが何とかたどり着いてくれたのを喜ぶ一方で、もうひとりの孫と息子と嫁の安否を気遣った。すぐにひとを出してチダグル村周辺を捜索させたが、粉々になった馬車と馬の屍骸、そして半ば泥の中に埋まった御者や見知らぬ住民の死体が見つかっただけで、スリヤティとサティマが散乱した死体の中に混じっているのか、それともどこかに逃れて九死に一生を得ているのかは杳としてわからなかった。
     
またワリギン郡の様子を調査に行った役人たちは、郡役所をはじめ海岸一帯は住居から椰子の木一本にいたるまで跡形もなく姿を消しており、津波が運び残した死体や残骸あるいは丸太などが散乱しているだけで、生きているものはなにひとつ見つからなかったと報告した。海岸には火山が噴出した灰や泥が厚く積もっており、その中に半ば埋没した多くの死体は腐乱が進んでいて、それがだれだったのか見分けがつけにくくなっていた。ラデン・チャクラ・アミジャヤ郡長とその妻のラデン・アユ・サディジャの運命がどうなったのか、それはランカスビトゥン県令にもそれ以外のだれにさえも判ることではなかった。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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