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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第13回」

1927年12月のある早朝、ラデン・ムリアは副郡長役所の執務室で業務書簡の処理をしていた。役所の表のベンチに座っている用人の隣にやってきた男がひとり、何も言わずに腰をおろした。タバコに火をつけ、朝の冷気の中で腕組みして寒さを払おうとしている。仕事を一段落させたラデン・ムリアがその男を呼んだ。副郡長よりはるかに年上のその男が執務室に入ってきて椅子のひとつに腰掛ける。

「ハリさん、もうあのキアイに会って来なさったか?」
「はい、わしは二日間あそこにおりました。昨日家に戻ったばかりです。」
「あのキアイは危険人物だろうか。あんたはどう思いなさる?そもそも、あの山でいったい何をしているのかね?」
「わしがあの付近の村人から聞き集めた話と、わしがこの目で見てきたあのひとの仕事から思うに、危険な人物ではないと思われます。政治のことも宗教のことも一言も話さず、ただ山の中で祈祷し、毎週金曜日になると集まってきた病人に治療を施しているだけですから。おまけに病人が差し出す治療費を何ひとつ受け取っておりません。」
「あのキアイに師事する村人はどのくらいいるのだろうか?」
「ひとりもいないようです。あのひとは多分ムスリムではないでしょう。わしがアルクルアンの文句やら宗教の話を質問しても理解を示さず、あのひとに近しい村人の話では、ワヤンに出てくる神々の名前をいっぱい混じえたカウィやサンスクリットの言葉をよく口にして、カンジュン・ナビ・ムハマッの名前を唱えたことは一度もない、と。」
「だったらその者はキアイやサントリではないということか。」
「まったく違います。しかしあのひとはなんと呼ばれようと少しも気にせず、他人に好きなように呼ばせております。村人は『爺』と呼んでおり、本人は自分のことを『行者ヌサ・ブラマ』と呼んでおります。そして今は故人となったあのひとの父親は村人が『行者アシェカ』と呼んでいたそうです。」
「あんたはその父親をご存知かね?」
「いえ。でもわしの親たちの話だと、もう何十年も前からあのひとはアシェカ爺と一緒に何度もあの場所にやって来ている、と。」
「どうやらその者はイスラムがジャワに渡来する前の宗教であるヒンドゥ教あるいは仏教の信者を思わせる。」
「さようです。あのひとが言うには、自分は今でもバドゥイが持ち続けている古い宗教を信仰しているのだ、と。」
「だったらその者はバドゥイなのか。」
[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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