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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第19回」

ヌサ・ブラマの話すところによれば、この小屋はかれや父親が作ったものでなく、その祖父の曽祖父のもっともっと先代の時代から作られたものであり、先祖代々かれの血筋の者がそこへやってきて宗教上の務めを果たすよう義務付けられていた。それはバンテンに、そしてその後パジャジャランの地にイスラム王国が作られる以前からそうであり、イスラム王国がジャワ島西部の地を支配するようになってからも連綿と続けられてきたのだ、と言う。
     
「ならば、なぜこのチワリラン山に?」というラデン・ムリアの問いに対するヌサ・ブラマの答えはなかった。昔からそうなっておりそうするよう命じられていることを行っているだけなので、なぜという問いには答えようがない、とヌサ・ブラマは言う。それよりも、とかれは続けた。バンテンの地にはファナティックなムスリムの衆が多い。かれらは異なる宗教・宗派に攻撃的だ。そのため、イスラム渡来前にこの地に根付いていた宗教を守っている者は何百年もの間、世間から隔絶したジャングルの中に身を寄せ合って暮らすことを余儀なくされ、時代の流れから取り残されてしまった。それが自分の属す一統である、とヌサ・ブラマは明らかにした。
     
これまで、文明に浴すことを拒み続けているただの未開人とバドゥイを見ていたラデン・ムリアにとって、ヌサ・ブラマのような知的で思索的なバドゥイがいるということは思いもよらない体験だった。ヒンドゥ時代のパジャジャラン王国にあった職業階層の中で、支配階級の一部として宗教を司っていた階層にいたのがヌサ・ブラマの先祖だったのだということを知ったラデン・ムリアは、新たな知識を得て悦んだ。

バドゥイ族は南バンテンの人里離れた山中に集落を作って暮らしている。今かれらの本拠はルバッ県ルウィダマル郡カヌクス村となっており、かれら自身は自らをウランカヌクスと称している。ウラン(urang)はオラン(orang)を意味するスンダ語だ。バドゥイという名称は外部者が与えたもので、一説によれば、アラブの砂漠を流浪する非定住民ベドウィンを意味するバドゥイという名を未開種族というニュアンスを込めた蔑称として与えたということだが、その説とは別にバドゥイ山やチバドゥィ川などの地名に由来したものという説もある。今でも外界との接触を可能な限り制限しようとしている内バドゥイがおり、その外郭には外部との接触を受け入れている外バドゥイがいる。外バドゥイは内バドゥイの防壁としての機能を果たしてきたが、内バドゥイがいつまでも鎖国を続けるのはどうやら困難になっているようだ。バドゥイ族は農業と採集を生計の主体とし、自給自足経済を続けてきた。かれらは先祖伝来の慣習アダッに従っていまでも素朴な生活を送っており、生活原理は原始共産主義的である。
     
とはいえ内バドゥイにもいまや外部世界からさまざまな物産が侵入し始めており、インスタントラーメンやスナック菓子、コカコーラなどはかれらも消費する時代になった。しかしラジオ、テレビあるいは懐中電灯や携帯電話などといった電気製品やカメラ、また石鹸、シャンプー、練歯磨き、デオドラント等のボディケア製品を買うことはアダッの長老から厳しく禁じられている。おとなは農業にいそしみ、子供たちは自然の中で生きるすべを学ぶ。学校はない。
  
内バドゥイの集落を訪れる観光ツアーも行われている。観光客はまず外バドゥイの領域を通ってから内バドゥイの領域に入るが、内バドゥイの領域に入るとさまざまな禁止事項を守らなければならず、それを犯す者は領域の外に追い出される。たとえば、写真撮影は禁止されており、またタバコを吸ってもいけない。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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