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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ(22)」

ラデン・ムリアとハリはヌサ・ブラマと会食を始めたが、話題はレッナサリに向かった。年頃のレッナサリは程なく婿を取るのではないか?ヌサ・ブラマは否定した。相手がいない、と言うのだ。レッナサリは血統を継ぐ男児を生まなければならない。自分が果たしているこの務めを女が行うのは禁じられている。しかしその男児が自分の義務を引き継ぐ年齢に達する前に自分の寿命は尽きるかもしれない。だから今回レッナサリをチワリラン山へ伴い、たとえ自分がいなくなったとしても宗教の務めをどう行うのかをレッナサリからその男児に伝えられるよう娘に教えているのだ、とヌサ・ブラマは語る。
     
ただ問題は、レッナサリの夫となるべき男が見つからないのだ。レッナサリの夫は同じ文化同じ宗教の持ち主であるべきで、更に階層も下賎のものであってはならない。しかしもはやバドゥイの衆の中にレッナサリと同等以上の階層の者はいない。昔はまだいくつか高貴な血統を持つ一族があったが、限られた一族同士の間で婚姻が繰り返されたために結局近親婚に陥って全員が短命な生涯を送り、ヌサ・ブラマの血筋だけが残された。文化や宗教については生まれながらにしてその環境に育った人間が理想的ではあるものの、その本質を理解し、ヌサ・ブラマに義務付けられた務めをその子供に遂行させることを許す父親となるのであれば宗教や文化が異なっても許容できないものでもないが、しかし血統の位付けは絶対に譲ることができない。どれほど頭脳優秀で、世間から尊敬を受け、あるいは豊かな経済力を持っていたとしても、血統の上位にある者という決まりを自分の代になって崩すことは先祖に対して顔向けができない。

「ならば貴族王族でなければならないのか?」というラデン・ムリアの問いにヌサ・ブラマは、「わが血統はジョクジャのスルタン家、ソロのススフナン家に勝るとも劣らないものだ」と答えた。冗談としか思えないその言葉を真剣な表情で語るヌサ・ブラマに、ラデン・ムリアは呆気にとられた。
     
それがどこまで本当なのかラデン・ムリアは解しかねたが、ならばヌサ・ブラマ自身の妻はいったいどこから来たのだろうかという疑問が湧いた。ラデン・ムリアが今回既に面識を持ったヌサ・ブラマの妻ヤティが下賎の出でないのは明らかだ。たとえ同等以上でなくとも近いレベルの一族がほかにいるのではないのだろうか。「いや、そうではない。」とヌサ・ブラマは否定した。妻とは子供のころから同じ家で一緒に育ったのだ、と言う。ヌサ・ブラマがまだ子供のころ、父が幼い少女を家に連れ帰った。それ以来ヌサ・ブラマはその少女を妹としてなじみ、そしてふたりが年頃になったとき、父がふたりを娶わせた。妻の一族がだれでどこにいるのかということは妻本人にすらわからない。
     
もしレッナサリの結婚相手を親が見つけることができなければ娘が可哀想ではないのか、とのラデン・ムリアの問いはきっぱりと否定された。ならばもしレッナサリに好きな男ができて添い遂げたいと本人が希望したときそれも許さないのか、との問いに対する厳しい答えを聞いたとき、ラデン・ムリアはわが耳を疑った。温和で思索的な行者の口から出された言葉は予想することすらできない激しいものだった

「わしが死んでからなら、娘が何をしようがそれを止めることはできない。だが先祖代々の血統を卑しめるようなことをすればわしが呪ってやる。もしわしの目の黒いうちに卑しい行いをするようなら、娘の生命はない。」

ヌサ・ブラマの厳格な性格の一面を垣間見たラデン・ムリアにはこの行者の人物がまた不可解になってきたが、かといって高貴さと正直さを強く感じさせる性格を十分に見て取った副郡長は、この行者が世の中の秩序を破壊し撹乱するような危険分子ではないことを確信していた。
[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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