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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第4回」

太古の昔、スマトラ島とジャワ島は陸続きだった。それが分離したのは今から1万1千年前で、大爆発でスンダ海峡が作られ、クラカタウが残った。ジャワの古文書をひもとけば、スンダ海峡の中にあるクラカタウ山は海抜2千メートルの雄山で、島の周囲は11キロメートルある、と記されている。パララトンの書にカピ山という名で登場するこの山は紀元前500年に大爆発を起こし、爆発はランプンのラジャバサ村まで届いた。紀元416年には山の四分の三が吹き飛ばされるほどの大爆発を起こした。時代が更に下った1680年から1681年にかけても、クラカタウが起こした大爆発が記録されている。15キロメートルという巨大なカルデラが海面下に残され、リング状に三つの島が作られた。ラカタ島、スルトゥン島、パンジャン島がそれだ。その後造山活動が繰り広げられ、後にダナン山とプルブアタン山と名付けられる山が二つ海中から出現した。その二つの山は成長を続けてラカタ島にあるラカタ山と合体し、その一体となった山をひとびとはクラカタウ山と呼んだ。スルトゥン島とパンジャン島には火山がなく、スルトゥン島は海抜200メートル、パンジャン島は海抜146メートルの安定した島だ。一方、ラカタ島のクラカタウ山は成長を続けて海抜8百メートルにまで達し、そうして1883年の大爆発の日を迎えた。

前回の爆発から2百年たった1880年、クラカタウ山はストロンボリ式噴火期に入り、ガスや溶岩を周期的に噴出する活発な火山活動が数ヶ月間継続した。その後火山活動は鎮静したが、1883年5月に爆発を起こす徴候が出現した。火山活動は再び活発化し、その勢いは日増しに強まっていった。こうしてギネスブックに「史上もっとも強力な火山の爆発」として記録されるクラカタウ火山大爆発の日が1883年8月27日にやってきた。

その爆発エネルギーは原爆の21,547.6倍で、轟音は地上で発せられた最大音響であり、2万1千立方メートルの火山性物質が噴出されて地表面積78万平方キロメートルにばら撒かれた。火山灰は80キロメートル上空にまで昇って空を覆い、9月9日までかかって地球を一周した。上空に昇った火山灰は太陽熱の放射にフィルター効果を及ぼし、地球の平均気温を0.5℃低下させ、世界中に三年間にわたって異常気象をもたらした。世界の各地で太陽が青色や緑色に見え、アメリカ東部では夕映えが異常に赤く染まったために火事と勘違いした市民から消防隊への通報が相次いだ。大爆発の振動は4,653キロメートル離れたインド洋西岸モーリシャス諸島のロドリゲス島まで伝わり、オーストラリア北部のダーウィンでも、ミャンマーでも爆発音を大勢が聞いている。しかし、それほど有名になったクラカタウの大爆発よりも1815年4月に起こったスンバワ島タンボラ山の噴火は5倍大きなエネルギーを持っていたと推測されており、今ではそれが世界で史上最大の火山噴火と位置付けられている。それどころか、今から7万4千年前にカルデラ湖であるトバ湖を北スマトラの山中に作った火山の爆発こそがこの地上で発生した世界最大のものだとされており、そのエネルギーはクラカタウ山大爆発の50倍だったと見積もられている。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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