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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ(42)」

1883年8月27日午前11時ごろ、四十代半ばの大柄な男が15歳くらいの少年を伴ってチダグル村に差し掛かった。目に強い意志の光をたたえた厳格な表情のその男は灰色の長い衣を着て徒歩で街道をたどって行く。昼間だというのに天空は分厚い灰と煙に覆われ、地上はまるで真夜中のようだ。海の遠くから轟いてくる爆発音と閃光に怯みも見せないで男は歩を進めていく。突然男の身体が揺らめいた。路上にある何かに足をつまずかせたのだ。男は路上にかがみこんでマッチを擦り、その何かを注視した。5歳くらいの少女の身体がそこにある。額が裂けて顔と頭が血だらけになっており、腕や脚にも擦り傷がある。呼吸が速くヒーヒーと小さい泣き声をあげている。男はその周辺を調べて見た。少女の縁者らしい者がいるかもしれない。しかしそのあたりに人の姿はなかった。置いていけば馬車にひかれたりひとに踏まれたりして生命を失うだろう。男は少女を道路脇に移してから持っていた袋を開いて布を出し、その布を裂いて額の傷に巻いた。

「ウジャン、この子は連れて行こう。あとでこの子の親を探して帰してやる。さあ急ごう。」一緒にいた少年に男はそう語りかけて歩き出した。それまで恐怖にうち震えながらも自分を励まして一緒についてきた少年は、その少女を連れて行くという男の言葉を喜んだ。暗闇の中で小さな光を見つけたような気がしたのだ。

男は北東を指して歩みを続け、アスパン山麓の小高い丘にある部落に達した。そのチュルッサギアン部落で男は食べ物ワルンに立ち寄り、疲れを癒してから食べ物を買った。そこで一度少女の傷を洗って薬草を塗った。しばらく休んだあと男はまた歩き出した。少女は失神から覚めて大きな声で泣き、母を呼び続けた。だが男が母の名を尋ねても、少女は母の名前を言うことができなかった。三人はマンダラワギ方面に向かい、チワリラン山の東側にあるチクパ村に達した。時刻は夕方の4時で、クラカタウの爆発は終わりかかっていた。天空の灰と煙は薄まって明るさが増し、あたかも夜明けを思わせた。
     
チクパ村には農家が四軒あり、一行はそのひとつに入った。それぞれの家からひとびとが集まってきて男を迎えた。

「遠い道のりをようこそお越しなされた。われらはこの異変でもうここ数日、生きた心地もなかったものじゃが、これで世の終末が来るんですかのう?」村の年寄りが言う。
「いや災厄を被ったのはワリギンやアニエルなど海岸の場所だけじゃ。このあたりは海から遠いので大丈夫。心配はいらん。」
「しかし行者様、あのチワリラン山頂からも煙が出ましてな、それほど大きな音でないもののときどきドロドロと地鳴りがして・・・」
「そりゃ本当かね?」行者と呼ばれた男は慌てた。強い不安が表情に浮かびあがっている。

「三週間ほど前、大雨が降った日に地震があって山が崩れ、大岩が落ちてきました。そのあとときどき噴煙が出ておりました。わたしらは山が爆発せぬように山の番人をしておるジンやご先祖様に毎日お祈りをしておったが・・・」
「そうか、明朝わしが山頂に登って様子を見てくるので、この子を預かってくれんか。」
村人が行者の頼みを拒むはずもなく、行者と少年と少女はその夜その農家に泊まり、翌朝、行者は少年だけを連れてチワリラン山に向かった。

[ 続く ]


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