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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ(49)」

ヌサ・ブラマはクスディとハサンを残してみんな洞窟から出るようにと要請した。三人を残してみんなが出て行くと、行者は自分が犯した過ちを正すときが来たと二人に告げた。
「パジャジャランの王族として、またバドゥイの頭としての地位はレッナサリに譲り渡した。わしはこれから自分が犯した過ちを正さなければならぬ。クラカタウが再び大きな災厄を人間にもたらさないようにするため、わしはスルガロカに渡って神々やご先祖様に助力を仰ぎ、クラカタウの爆発を止めなければならぬ。そのためにわしは霊となる。この世の肉体を持っているかぎり、わしはスルガロカに渡ることができない。」

「行者殿、あんたがそうしたところでクラカタウの爆発が止まる保証など何もない。そのような考えはやめてあんたの後継者ができるまで長生きをしたほうがよい。」ハサンはそう口説いて行者の考えを変えさせようと努めるが、行者の意思は固い。行者はクスディを呼んでいろいろな指示を与えた。しばらくあれこれと指示を与えた後、行者は県令に洞窟から出ようと誘った。もう昼食どきだ。

昼食を終えたみんなは山頂で爽やかな風に吹かれながら眼下にクラカタウが噴出す黒煙を眺めている。県令の妻が言う。
「海底にあるというのに、クラカタウ火口の動きの激しいこと。黒煙と一緒に火と泥までが海の上にまで噴きあがって・・・。でも昔の惨事に比べれば、まだまだこんなものではないのね。おお、なんて恐ろしい。」
「わしがこれから試みる方法で奥様の恐怖が安らぎますように。もしこれがうまく行けば、七日のうちに活動は止まらないまでも、もっと穏やかなものになりましょう。」傍らにいたヌサ・ブラマがそう語る。南西の方角から雲が流れてきた。風上の空を厚い雲が覆い始めている。雨になりそうだ。「では山を下りることにしよう。」県令は一行に言った。行者とクスディは山頂に残る。ヌサ・ブラマは県令を一行から少し離れた場所に誘って別れを告げた。
「わしの妻子を、あなたの妹と嫁を、よろしくお頼み申す。そしてわしが打ち明けた秘密は決して誰にも、わしの妻子はもとよりラデン・ムリア殿にも洩らさないでいただきたい。」
「しかし行者殿、あんたの妻子は夫と父親を探さないのだろうか?家族の姿が消えればだれしも不安と心配で満たされるのが人情だ。」
「いや、あの者たちはわしの姿を見ないで暮らすことに慣れております。わしが務めを果たすために各地を行脚すれば、半年も家に戻らないのはありきたりのこと。よしんばそれ以上わしが戻らなくとも、妻にはそれが何を意味しているのかようく言い聞かせてあります。わしの生命は高貴な務めに殉じるためにあるのだということを。これが今生の別れになろうとも、いつの日かそれを知った妻が取り乱すことはありますまい。わしは先ほど妻に、これから務めのために永い旅路に発つことを知らせておきました。」

県令は思いとどまらせようとして何かを言おうとしたが、ヌサ・ブラマの厳粛な顔と涼しげな目を前にして言葉が喉に詰まった。行者は県令と握手してから踵を返して足早に竹編小屋に向かう。県令が後を追った。県令が小屋に入ったときには、もうそこに人影はなかった。県令はすぐに洞の奥の小さい穴に向かう。肥満体の県令はそこを通り抜けるのに手間取った。一番奥のウィスヌ神の神殿に県令がたどりついたとき、そこにはクスディが座って一心に祈祷しているばかりだった。そのとき県令はちらりとなにかがひるがえったのを目の端にとらえた。それは神殿の脇にある硫黄臭い煙の立ち昇る穴の中だ。あれは行者が着ていた衣の裾ではなかったろうか。穴の底から聞こえてくる地鳴りは一瞬たりとも響きを止めない。県令はクスディに尋ねた。「行者殿はどちらに?」祈祷を続けるクスディは何も言わず、手を伸ばしてその穴を指し示した。
[ 続く ]

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