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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第5回」

1883年8月26日日曜日
午後2時、クラカタウ島から122キロ北東にあった船の船長は、とてつもない爆発で吐き出された黒煙が26キロ上空まで立ち昇った、と日誌に記した。ジャワ島西岸のアニエルは夕闇のほの暗さに包まれ、クラカタウから南南東に74キロメートル離れた灯台では灯台守が「14時30分、北の空は密雲に覆われている」と日誌に書いている。そのときの爆発音はバンドンまで聞こえた。
午後5時、ジャワ島全域が爆発音を聞いた。オーストラリア北部では、夜中に響いた轟音に驚いて住民が目を覚ました。

1883年8月27日月曜日
早朝、バタビアでは道路のガス灯や邸宅のガス灯が突然消えた。夜を徹して鳴動を続ける恐怖の轟音はスラカルタまで響き、ペナン島の住民も爆発音を聞いている。クラカタウは終日荒れ狂い、火山の吐き出した噴出物は広範な地域に降った。チレボンにも灰が降り、目を射る閃光はバタビアにまで達した。

午前6時半、津波がランプン州トルッブトンを襲い、高波がバタビアの海岸を一掃した。午前8時には、ジャワ島西端の一部地区は完全な闇に包まれた。午前8時半、西スマトラのメラピ山が噴火して地球の崩壊を思わせた。

午前9時、バタビア市内パサルスネン地区ではそれまで太陽が輝き市場は盛況を示していたというのに、一転して空は真っ暗になり視界が狭まった。暗闇に包まれた街中に灰が降り、この世の終末を想像したひとびとのすすり泣く声が随所に流れ、母親は赤児や幼児をベッドの下にもぐらせて灰を避けた。

午前10時2分、三度目の強力な爆発が起こり、爆発音はシンガポールでもセイロンでもはっきりと聞こえた。アニエル村民は、恐ろしい大音響に続いて激しい泥の雨が降ったと語っている。朝から闇に包まれていたセランでは、積もった泥のために多くの立ち木がねじれて折れた。

午前10時15分、ボゴールでは街灯を点けなければならなくなった。アニエルの灯台は稲妻に襲われて職員が焼死した。

午前11時、クラカタウの北西にあるインド洋に面したブンクルの灯台が高波で破壊された。一方津波はジャワ島西岸の漁村を襲い、大勢の住民を海中に運び去った。高熱の噴出物や泥雨も多くの人命を奪った。

その日バタビアでは夕方にかけて気温が10℃も低下した。クラカタウ火山の大爆発で吐き出された火山灰は上空を濃く覆ったため、ジャワ島とスマトラ島の大部分は三日間闇の中に置かれた。ラカタ島の北側三分の二が吹き飛ばされてダナン山とプルブアタン山が姿を消し、火口は海面下250メートルまで沈んだ。ふたたび三島が円周状に並び、その内側の海中にカルデラが作られた。クラカタウの爆発は27日で終わり、28日には火山活動が鎮静化した。

1927年、海中のカルデラがまた新島を生んだ。やむことのない造山活動によって噴火とともに水面上に姿を現したこの島には、クラカタウの子という意味でアナクラカタウという名が授けられた。今この島は海抜230メートルにまで成長しており、毎年数メートル高さを増している。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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