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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第8回」

なんとなく不穏な気持ちがほとんどすべてのひとびとの心の一隅を占めていたが、その日は特になにが起こるということもなく暮れた。しかし夜が深まるにつれてクラカタウ山頂が噴出す火は一層大きくなり、夜を徹して轟く地底からの大音響と振動はひとびとの安眠を妨げた。はるか遠くのクラカタウ山上空は赤色に染まり、ときおり目を射る閃光が空中を走る。家の外では細かい灰が音もなく降っている。何十門もの大砲を一斉に撃ち鳴らしたかのような耳をつんざく轟音が家屋を振動させ、地面も一緒に揺れた。郡長は非常呼集をかけた。郡役所はこうこうたる明かりに照らされ、警官や役人など大勢のひとびとがやってきては郡長の指示を受けて慌しく去って行った。それぞれが担当地区の治安を守るための配置に就くのだ。郡長は用人頭を呼んで手紙を持たせた。「馬で県令役所までこの手紙を届けるために急行せよ。」手紙の内容は現地状況の報告であり、どう対処すればよいのかその指示を求めるものだった。
     
郡長はいま、妻が夢に見た光景を信じていた。夜が明けたらすぐに住民をすべて高台に避難させなければならない。ぐずぐずしていては海水が海岸にいるすべてを呑みこんでしまうだろう。郡長は中国人の店に人をやって、米・塩・魚やその他食糧の在庫を調べさせた。できるだけ多くの食糧を人間と一緒に避難させなければならない。そのための運送機関としてその量に見合うだけの牛車を中国人の店に送らなければならない。郡長はその手配を済ませた後、妻と子供の避難準備に取り掛かった。
     
ラデン・アユ・サディジャはこれまでの不安からうって変わった落ち着きを見せていた。自分の予見が的中したことにむしろ安心したのかもしれない。郡長は妻に、身の回りの物を用意して子供たちと避難する準備をするよう命じた。

村々の宗教師や名士たちはモスクに集まって神への祈りを捧げた。アラーよ、どうかわたしたちに安全を。住民たちはほんの暫時の仮眠しか取ることができなかったにちがいない。しかし夜はいつまでたっても明けなかった。8月27日月曜日の朝が来ていたというのに、クラカタウの黒煙が全天を覆って夜明けを隠していたのだ。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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