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「クラカタウ」
西 祥郎

「クラカタウ第9回」

朝6時ごろになって、郡長はすべての行政官と町長村長その他村役人を集めて避難命令を出した。できるだけ早急に高い土地へ避難し、襲ってくるかもしれない大波から逃れるようにせよ。手配を済ませてある食糧確保をつつがなく遂行せよ。避難命令と訓令は短時間に終わった。大勢のひとびとが郡役所から急いで自分の村に戻って行く。郡長は必要な指示を部下に済ませてから、妻子を避難させるために急いで住居に入った。家の中では既に出発の準備が整っていた。

「出発は早いほど良いですわ。さあ、あなたも早く出発のご用意をなさいませ。」
「わたしはここの住民がすべていなくなるまで、ここを去るわけにはいかないのだ、ラデン。おまけに災害があれば、それに乗じて物を盗みあるいは強奪する賊が現われる。住民たちが置いて行った財産は守られなければならない。地域の長にはそれらの務めがあるのだよ。」
「ではわたしたちの出発はいつに・・・?」
「おまえと子供たちが先に出発するのだ。わたしはすべてが終わったことを確認してからおまえたちの後を追う。」

サディジャは夫の目をしばらくじっと見つめ、そして言った。「本当にそうですわ。首長たる者は民の安寧を守る務めがあるのです。それでこそ偉大な首長であり、住民の頭となれるのです。あなたが他の住民たちを置いてさっさと避難するなんて、とてもふさわしいことではありません。わたしも偉大な首長の妻として、夫をひとりで危険の中に置いて行くことはできません。夫婦は生きるも死ぬも一体なのですから。」

郡長はそう言う妻の考えを変えさせようと努めたが、この日は意外なほど頑固に主張を変えない妻に手を焼いて諦めてしまった。8歳のハサンと5歳のスリヤティだけを、使用人頭のクルナインと女中のサティマを付けてランカスビトゥンまで送らせることにし、郡長と妻は首長の職務をまっとうしてから残させた馬で後を追うことにした。

クルナインとサティマに指示を与え、ハサンとスリヤティを馬車に乗せる。荷車には家財道具が積み込まれる。出発の準備が整うと、郡長と妻は子供たちに別れを告げた。時間はもう10時を過ぎた。クラカタウは荒れ狂い海は煮えたぎっている。サディジャは二人の子供にひとつずつ、祖母からもらった形見の腕輪をはめた。涙の中で親子の別離が繰り広げられ、馬車と荷車は郡役所を出た。妻のその振る舞いにこれが永遠の別離になることを予感した郡長は一行を呼び止めると家の中に駆け込み、鎖にメダルの着いたふたつのペンダントを手にして戻ってきた。それをひとつずつ子供の首にかけると、群長は愛する子供たちに最後の別れを告げた。[ 続く ]

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この作品は西さんの提供です


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