大塚智彦の「この人に聞く」

炭火庵~松山晋也氏①


大塚智彦(左)と炭火庵・松山氏(左)

「自分のことは自分でやるしかない」(松山氏談)

ジャカルタ中心部のスディルマン通りを見下ろす眺望抜群のロケーションにある『炭火庵』

1988年の開業以来、日本人・インドネシア人・外国人の根強い支持で「ジャカルタにこの店あり」として知られる「炭火を使う本格焼肉の専門店」だ。

ジョコ・ウィドド大統領や大相撲ジャカルタ巡業に訪れた横綱白鵬や鶴竜なども舌鼓を打った、もはや老舗であり、ジャカルタを代表する名店の一つでもある。

炭火庵を営む松山晋也氏は64歳。鹿児島県姶良市出身で1988年から炭火庵一筋に、激しく移り変わるジャカルタ・インドネシアをチェイス・プラザ・タワーの25階から見つめてきた。

炭火庵から見えるオフィス街

そんな松山さんにとっても今回の新型コロナウイルスは前代未聞の出来事だった。

1998年のジャカルタ騒乱、スハルト政権崩壊の激動期も、炭火庵は1日も店を閉めることはなかった。しかしコロナ禍は「自らの意思に関わりなく営業中止を求められた」ため、やむなく「大規模社会制限(PSBB)」が出される前日4月9日から店を閉じることにした。

満を持しての営業再開は、PSBB規制緩和が発表された6月8日である。ただし店を開けたからといって、すぐにもかつてのような賑わいを取り戻すのはまだ先のようで

「日本人もそうだが、特にインドネシア人はまだまだ外食を恐れているのか、お客さんは完全には戻ってきていない」と客観的な分析をしている。

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大塚智彦プロフィール~1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



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