以前、髄膜腫の手術をして斜視になって先生に色々相談にのっていただいた者です。あれから色々ありましたが先日赤ちゃんが生まれました。元気な赤ちゃんをみていると生きていてよかったと思います。
ただ妊娠していたために昨年の定期検査をうけていないのです。今年は受けなくてはと思うのですが赤ちゃんが生まれたばかりなのともしも何かあったらと思うと怖くなって受けられないかもしれません。
誰もみてくれる人もいませんので今年は行けないかも知れません。そうやって考えて居ると私は本当に生んでもよかったのでしょうか。医師はどうぞ妊娠してくださいと言ったのでそうなりましたが先々どうなるかもわからない自分がこれでよかったのかと不安になってきました
髄膜腫の取り残しがあるので再発と言うのかまたそこから大きくなってくる可能性ってどのくらいあるのでしょうか?そのまま大きくならない場合もあるでしょうか?
また入院なんてなれば主人は仕事があるのに赤ちゃんをどうしたらいいのかと思ってしまいます。あんなに大きな手術をしたのでもう次は手術できないと思います。そうなれば私はどうなってしまうのでしょうか。
本当に生んでもよかったのでしょうか。このところ時々考えてしまいます。すいませんがよろしくお願いします。
ははは おかあさんになっても まだ心配を?
あなたが死んでも 誰かが面倒も見てくれるから 大丈夫です。あなたが死んだりしたら 赤ちゃんもあなたのことを覚えていないし誰かほかの人をお母さんと思ってなつきます…悔しいですねえ。
だから あなたが死ぬときは 神様がそう決めたのですから 死ねばいいのです。神様が何も言っていないときに これでよかったのか?なんて 傲慢そのものです。
もうこれで終わりです。子どもを授かるほど健康なのですから あなたには これ以上ないもいうことはありません。
(さらに追伸)
人は病気で苦しみます。医師として ある病に対しては なすすべがない無力感をいつも感じます。
そして 病んでいる人は 病に悩むのですが その病み方がその人らしく病むのです。
正しい病み方があるわけではないでしょう。しかし あなたの病み方が ぼくは好きではありません。好き嫌いなどと言ったことはないのですが ついそれを言ってしまいました。
お母さんになったあなたは 赤ちゃんに責任があります。医師がなにを言ったにしても あなたの選択でそうなさったのです。
ネットとはいえ 医療相談をしている以上 あなたに対してぼくも責任を負っていますが その責任は あなたが赤ちゃんに対して持っている責任ほど大きなものではありません。
あなたが心細いことを言えば それは赤ちゃんの生にたいする責任逃れになると感じました。あなたが 責任を逃れようとするなら ぼくも 責任を逃れようとして そんなことを言いました。
つい感情的になったということでもあり 修行が足りないと反省しましたが 病を前にして ネガテイブ一色の考えをする患者さんに処方できる薬はないと思っています。
反対に どのような状況でも 肯定して生きようとする患者さんに出会うことがあります。その心の強さと健全さに 頭が下がる思いがすることがあります。
悩み方が気に入らないなどというのは すでに職業人としては失格ですが 長い関わりのなかで そんな思いに囚われました。
許してください。
合掌!
忙しくて遅くなりましたが今拝見しました。このところ赤ちゃんのお世話で寝不足で家からも出ていないので何だか変な事を考えたと反省しています。
成るように成ると言うのはわかっていますし赤ちゃんも自分が生んだ訳ですから、今頃そんな事言っても赤ちゃんに失礼な話だったと思います。
主治医もそんな病状が危険な患者に簡単にどうぞ生んで下さいなんて言わないだろうと思ったから、最後は自分で決めて妊娠して出産しました
お忙しいところ申し訳なかったと思いますし タケノコ先生が反省なさるような事はございません。わざわざその様な追伸を書いて下った事も申し訳ないと思います。
自分の決めた事だし自分の体の事なので、今年はもうちょっとポジティブに考えを持って行く人になるよう頑張ろうと思います、子育ても。
もうこちらには参りません。お世話になりました。ありがとうございました。先生もいつまでもお元気で。
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